石牟礼道子

 この前、明け方の夢を書き留めるようにしるした「虹」という短い詩にも、やっぱり猫が貌をのぞかせた。どうやら、黒白ぶちの面影があるようにも思える。 不知火海の海の上が むらさき色の夕焼け空になったのは 一色足りない虹の橋がかかったせいではなかろうか この海をどうにか渡らねばならないが 漕ぎ渡る舟は持たないし なんとしよう 媛よ そういうときのためお前には 神猫の仔をつけておいたのではなかったか その猫の仔はねずみの仔らと 天空をあそびほうけるばかり いまは媛の袖の中で むらさき色の魚の仔と戯れる 夢を見ている真っ最中  かつては不知火海の沖に浮かべた舟同士で、魚や猫のやり取りをする付き合いがあった。ねずみがかじらぬよう漁網の番をする猫は、漁村の欠かせぬ一員。釣りが好きだった祖父の松太郎も仔猫を舟に乗せ、水俣の漁村からやって来る漁師さんたちに、舟縁越しに手渡していたのだった。